戯曲『 待望のない規則はない 』 抄.
作:小林文彩
屋根を開け放ったコパー・ブラウンの64年式インパラは、十字路の赤信号で停まった。マーサは、男女の感情にはゲキ敏感なヤツだから、グラサンをはずして、強ぇ目でこっちを見てくる。あーやっべぇ、キタキツネみてーな瞳だ。迫ってくる迫ってくる。
「や、もう昔の話だからいーんだよ。ただ当時は、その、てめえがどんだけ色気がねえか、女から見てイケてないのかを、もうギッタギタに思い知らされた、って、そんだけだよ。イイ女からはフツーに無視されて、ジミなメガネの子にいいようにツッコまれて、でも勉強ばっかしてたから、リベンジの仕方さえ分かんなくて。」
信号が青になる。シャンペンの色をした水平線が見える。キレイや。
車は小さな教会の横を通り過ぎる。南部のメキシコ湾岸は、信仰に厚い人が特に多いと、いろんなヤツから聞いた。
「だから、さっきの話も分かるねんけど、こっちはずっと・・・その・・・さっきのマーサみたいな、ありあまるウツクシサ
っちゅうのに憧れてきたんやがな。それはさ、マーサは、サマになっとるで。いつもさ。ヨゴレやってても、品ないこと言うても、いつもなんか・・・そう・・・マーサは、だから・・・」
「だから ってよく使うよね。」
「え、えあぁ? それ、昔好きやった女の人にも言われた。」
「女の ヒト なの? 年上?」
「うん。」
「昔のレイ、ボウズだったからサルに見えたんじゃん?
今ロン毛じゃん。」
「いや、だから・・・・、」
「また、だから。」
「・・・・・、マーサは三枚目になれへん二枚目やな、って言おうとしてん。」
「ははっ。あたしほめられたーーー。ホメられるとエクスタシー。」
「おおげさや。」
「ホメ上手な男とクラブのトイレでやっちゃった。」
「・・・・。なんで。」
「昼間すっげーヤなことがあった日で、あ、ダンスの段取りを書く図みたいの
を渡した日で、そしたらイベントの企画の男が、
こういう書き方はいかにも頭の悪い人間の書き方だ
とか言ったのをフッて聞いちゃって。」
「あぁ、・・・あぁ・・・・・。」
「・・・・頭悪いあたしにモロ頭悪いって言われたって。その図のやつ、途中で使う曲変えたりして、5時間かけて練ったのに、だよ?」
「図って、絵コンテみたいな感じだろ。おれがいくらでも教えてやるよ。
おれ永久契約で、マーサの図ぅ書き係になってもいいぜ。」
「あはははっ。うれしい。」
「っつうか、得意なことで誰かの役に立てなきゃ、生きてる意味ねーよ。」
「・・・そんで、その、男になんぱされて、ホメんのウマいから、なんか一
晩だけそいつの言うこと信じたら、昼間のこと、や、もう酒飲んで、いっぺん自分ぶっ殺さないと、昼間から連続してるモヤモヤをブチ切んないと、なんか、そのままじゃ、あたし死にながら生きてるみたいになる、って直感で思って、もうブッ飛びまくって、あ、合法ドラッグってちゃんと合法だからね。そのあとも、渋谷駅の東側の、GIG-ANTICとかがある近くの芝生んとこでそいつとフツーにやってた。やってたっつうか、あたしもそいつも人間であることをたぶん忘れてて、もうヨダレとか香水とかぐちゃぐちゃで、全身がホテッてて、服とかビャーーッてチギッたりして、誰かに見られてももうむしろキモチよかった。だって、生きてっか死んでっか分かんないよかマシじゃん?そいつも楽しんでたと思うよ。ためてるよりか、あたしとやれた方がハッピーに決まってんじゃん。そいつのカラダ、よかったよ。」
「マーサ。 ・・・・、・・・・・・・・、
なんでか全然分からんねんけど、おれ今、・・・初めて教会行った日ぃ思い出した。大阪の、プロテスタントの昭和教会。・・・入ると全部が真っ白くて、光の十字架・・・間接照明で作ったやつが正面で輝いとって、なんか、なにかすっごいデカいもんに
許される みたいな変な感じがしてさ、なんでやろ、・・・いまのマーサの水着の白と同じ白やからかな?」
マーサは、このデカいシボレーのコンバーチブルを、ツーピースの水着とパレオのカッコで、ずっと運転してきていた。
「レイ難しく考えすぎ。ニンゲンだって動物だよ。その日とかだって、ほら、やらなきゃ収まんないオスとメスが一人ずつ居たんだからさ、そこに何もためらいとかなくてよくない? そのあとホテル行って、気がついたらノーパンで帰ってきてた。 スカートなのに。はははっ。」
「主に祈りを―。我らに罪を犯す者を我らが許すごとく、我らの罪をも許したまえ―。
アーメン。」
なぜか昭和教会の日曜礼拝がカブってくる。なんか、混ぜたらあかんものが頭の中で勝手に交わって、優しいような苦しいような、何なんやろこの気分。ガキのまんま大人になってしもたような、純粋でいたい気持ちとエロ欲が一緒になって洪水を起こしたような、何なんやろ。おれ、女が欲しいよ。マーサのヨコで寝てぇよ。けど、なんか、
「あたし、悪そうなヤツはだいたいトモダチ≠セったからさ、結構ヤリコンとか行ったよ。でもさ、」
――白い部屋に白い光が入る教会。靴がコツコツと鳴る木の床。まだ40前に見える、若くて不思議にダンディーな牧師さん。
「どんなに超アニマルがそろってっかとおもえば、結構普通な男ばっかでさ、」
――祭壇とロウソク、パイプオルガン代わりにドイツ製の小型電子オルガン。
牧師さんの読む文句に合わせ、合図もないのに、礼拝者全員が声をそろえ、アーメン。
「目的が決まってっから、もうモロエグい濡れ話になるんだけど、ふっと男のロスト童貞の話とか聞くと、なんかすっげーピュアだったり。」
――神はまた、アブラハムに言われた。
「・・・男子はすべて割礼を受ける。包皮の部分を切り取りなさい。これが、わたしとあなたたちの間の契約のしるしとなる。」(創世記17、9〜11節)
「あたしさ、ツバをペッて吐くのと同じようなSEXもアリだと思うよ。したい男と女が一人ずついるんなら、一人と一人で悶々としてるより、素直にしちゃったほうがむしろ自然だと思うな。欲しいもんは一緒なんだし。」
――響くオルガン、礼拝席の歌声、この朝、黒い服を着て洗礼を受けるイトコの姉さん。
神はそのひとりごを十字架に架けて
救われる、わたしたちすべての子供を。
――あなたは神を信じますか? 永遠の命を信じますか?
――パシャッ! という水の音、牧師さんの祈りの表情。
「レゲエ踊ってステージ降りたら、すっげー自然にしたくなるよ。だってレゲエダンスって、まんまSEXの再現だもん。 カラミ役の男のダンサー居るし、途中からもうモロ濡れてくるしさ、ほんとのSEXとの違いって、もう実際に入れてないってことだけだもん。それやって欲情しなきゃ逆におかしいよ。」
――主よ、父よ、わが命の神よ。わたしにみだらな目を与えないで下さい。わたしから情欲を遠ざけてください。・・・恥知らずな欲情のとりこに引き渡さないで下さい。(シラ書23、4〜6節)
「マーサ。おれ、なんかすっげー苦しいよ。」
車は夕暮れの踏み切りで停まった。警報機の音。おれらの他に20台くらいの車を待たせて、長い長い貨物列車が通る。
おれはどうにも胸がいっぱいになって、マーサの髪に手を伸ばしてなでた。ミディアムのブリーチヘアが伸びかけてて、それは小っさな夕暮れの海やった。
「あんな言い方されたら、おれもマーサが欲しくなるよ。隣で寝てぇ、って思うよ。でも・・・、」
「でも?」
マーサは、他人事のようにすました顔で、フロントガラスの真ん中のミラーをのぞいて前髪を直した。
「ココロがなくて、カラダだけやったら、離婚したおれの親と結局変わらんもん。おれは、SEXで生まれたとは言えても、愛で生まれたんかどうかは、確認できひんもん。・・・もういまさら生い立ちなんか関係ない。けど、繰り返すのはヤだ。だからおれ、順序としてさ、マーサのココロがほんまに欲しい。それは伝えとるはずやで。むっちゃ何度もゆっとるで。」
貨物車の最後の一両が通り過ぎた。マーサは、おれのロン毛を右手でクシャクシャクシャッとやってからアクセルを踏んだ。おれはそれを、いいほうに解釈することにした。
(Jun.2003 kobayashi ailo)